パンドラの箱~静寂


10年前はLINEなんてなかったし
私の黒子(Kとする)とは
メールのやりとりもしなかったので
話がある場合は
午前0:00過ぎの電話が待ち合わせだった。


私は
10年前と同じ午前0:00過ぎに
今回はLINEという形で
おそるおそる箱をノックした



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本来、
昔好きだった人との思い出は
甘酸っぱい夢のまま、思い出のままにするため
あの時の状態で凍結するのが
私のルールだ


例えば大好きだった人が
とっても家庭的で優しいお父さんになっていても
太って頭が薄くなったおじさんになっていても
仕事でバリバリっの大成功を修めていても

現在のそれは開封せずに



私と一緒にいた時だけをフローズンパックにして



それは私がこの世を去るときに
ひとつずつ丁寧に解凍し
最後にもう1度思いを馳せ
じっくり味わいながら


永遠の眠りにつく…


その時の楽しみの為にフローズンにしていた、
つまり
過去の人とは連絡など取らなかった

現在の彼らを覗き見るなんて
全くのナンセンス❗





だけど
Kの場合は、、、

フローズンにならなかった
凍らなかった
凍らせるつもりがなかった?
Kは過去の人ではないようだ


そもそも彼氏と彼女の関係でもなかったし
友人でもない
友人以上恋人未満でもない
勿論、夫婦でもないし

じゃあなんなの?

もしどういう間柄か聞かれたとして
そもそも自分達も説明できないから
『死ぬまで恋人でいようね』
『なんか、そういう感じだね』
と、お互いに確認しあったことはある


「愛人」とはよくいったものだ


お互い結婚などしていなかったあの頃から
もしかすると「愛人」という呼び方がピッタリだったのか

ただ、世間が思うそれとは
ちょっと違う………








話を戻すと。

いつも待ち合わせしていた時間には
Kはどうやら寝ているようだ

数回にわたるLINEのやりとりの時間帯で
だいたい推測が出来た


Kは早寝早起きになっている
5時起き?くらいか


私は数日かけてゆっくり慎重に



…蓋を開けた

パンドラの箱の。



私「Kちゃん最近どうしてる?」

K 「今んとこいい感じのお父さんやってるよ」




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…やっぱり。
やっぱりそうだったんだ…


蓋がカタカタ鳴っている時から少し見えていた
動物的、勘。


なんだか、ちょっと瞳孔が開いたような
一瞬の強い動揺が
あったはあったが…


予想外に平気だった
心の準備が出来ていたのか?


そんなことよりも
もっと知りたい


男の子?女の子?
お名前は?
何歳になったの?
Kは今どんな仕事をしているの?

もう聞きたいことがいっぱいで
だけど気持ちのまま全部聞いたら
彼を驚かせてしまうだろう


出来るだけ質問の数を抑えて
ゆっくり、
箱の中身を引き出した


パンドラの箱
カタカタ鳴っていたのは
災いではなかった

いや違う、私がそれを『災い』としなかった



私の大切なKの分身
3歳半の男の子だ
名前を訊ねていいのかは判断出来ず…


私「見たいな~。早く見せてよ!」

と、写真を送るようにKに促した




私は黒子。
そもそも彼の分身に直接会えるはずがない
だからせめて写真で
会ってみたかった


Kもよく吟味して選んでくれたであろう
1枚の写真が
送られて来た





胸が締め付けられた

可愛かった
いとおしかった

Kにそっくりの
Kの子供

Kとうりふたつ。
まるで小さなKだ




特別に子供が好き、という私ではない
でも甥っ子たちは格別に可愛いし
やっぱり大事な友人の子供たちは
なぜだか無条件に可愛い

親戚中で一番上のお姉さんだった私は
幼い頃から小さい子の面倒を見てきたためか
今でも子供たちによく慕われる






だけど
こんな感情は初めてだった

当たり前だけど
この子は私が産んだんじゃない

Kが選んだ私の知らない女性が
お腹を痛めて産んだ子供


それでも抱きしめたかった
胸の中に手を突っ込んで
心臓を鷲掴みにされたように
苦しかった

人は説明がつかなくなると苦しくなる

どうしてくれるんだ、この感動

可愛くて会いたくてたまらなかった
どうして?
Kが選んだ女性に嫉妬はないのか?

正直、ほんの少しだけ
『私が産みたかったなぁ』
と思った

でも私の目の前には
彼の妻である女性の影はなぜだか見えてこない
見えてくるのはKと
Kそっくりの分身だけ

もし私が嫉妬しているとしたら
私の重要な黒子であるKが
一番大事にしている3歳半の分身

君の誕生により
Kはもう私の重要な黒子はつとめられないじゃないか!

もう~~~!
しかもKがお父さんって
いいなぁ…なんて羨ましい君!

私も分身になりたい!
私も君になりたいよ!





私を外から眺めているもう一人の私が
(こいつ、かなり危ない女だなぁ…)
と言っている



会いたい
会いたいけど
私には会う権利はない
そもそも私はKに会いたいから箱を開けたのではなかったのか?

もう今はすっかり『会いたい』の対象が変わってしまった

私は危険人物じゃないのか?
知らない女性が産んだ子供を
まるで我が子のように愛でて

本当に危ない女だ。

母性の暴発?!

もしかすると
誘拐犯の心理と同じなのか
まさか!?

いや違う。
奪いたい訳ではない。

Kと一緒にいるこの子が
微笑ましく、いとおしいのだ
幸せな気分だった
自然と顔も綻んだ


でもそれでもやっぱり
あなたに子供がいるのは複雑だ、という気持ちも
Kに言ってみた

同じかはわからないけど
実は俺も複雑だ、
可愛がってくれてありがとう
と言われた。


そして、分身の名前を教えてくれた
K「想太くんだよ。よろしくね」


よろしくね、って…

嬉しかった

想太くんと私が会えるとは当然思っていない、お互いに。
でもよろしくねって、言われて


何か認められた気がした
私も認めることが出来たからか
やっぱりKとは
呼吸を合わせる事が出来たのだ




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パンドラの箱には
最後に希望が残ると言われているが

私の開けた箱に残っていたのは
希望だったのか


私が想うこれを
希望と呼んでもいいものなのか



この箱を開けて以降、
私の周りは静寂な空気に包まれている

静かな柔らかい風が吹き
私はひとりで立っている

寂しくも辛くもない
ただ静寂の中にいるだけ
心地良いかどうかといえば

心地良い



ずっとこのままでもいい




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何度も想太くんの写真を開いては
それを見てひとり微笑む…


いつか
遠いいつか
私が想太くんに会える時が来るだろうか

状況が許せば。

時は来るかもしれないという



最後の希望

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